10年前から戻ってくる話
ある日、世界が10年ほど時間を遡った。
「人類が人生をやり直したいって後悔する奴らばかりだから、神様ちょっと頑張っちゃったよ」
そんな声が聞こえた気がした。
気付くと大学の後輩の家で力尽きるように眠っていたはずの自分はベッドの上で布団に包まれていることに気付く。それは昔実家にあった二段ベッドで、僕は上のベッドに寝ている。二段ベッドが家に来た日、兄貴は当然とばかりに上のベッドで寝たがったんだけど、僕は早い者勝ちと言わんばかりに先に上で寝た。喧嘩っ早い兄貴のことだから、何か文句を言ってくるかなって覚悟していたんだけど、不思議と兄貴は何も言わなかった。下のベッドで人が身動きする気配がする。電燈のひもを引っ張って下を覗きこむと、幼い顔した兄がきょとんとした顔で身を起していた。兄貴はいつも通りの皮肉めいた笑いを浮かべて
「おい、お前も10年後から戻ってきたのか?」
と言った。僕はあいまいな笑みを返す。10年後から帰ってきても僕らの会話はぎこちないままだった。兄貴はベッドから這い出ると「親父たちの顔見てくる」と言って部屋を出て行った。そういえば10年前だと弟たちは小学生と園児で両親と同じ部屋で寝てるんだっけ。兄貴が両親の寝室へどすどすと歩いていく音が響く。枕元に置いた銀色のデジタル時計を見ると深夜の3時だった。たぶんお父さんたちはまだ寝ているだろう。兄貴はそれを暴力的に起こすのだ。
頬をさすってみると、つるつるする。いつもなら毎朝ひげそりが必要なほどじょりじょりしてたのに。
ベッドに倒れこんで、電燈に照らされた白い天井を見上げながら、明日はさすがに大学休校かなあって考えた。しかし僕は今小学生の体をしているって思いだして、笑ってしまう。じゃあ小学校に通えばいいんだろうか。それもうまくない気がする。世界中の人が10年後から戻ってきたなら、みんな僕がとっくに小学校を卒業して大学生にまでなっているって知っているだろうから。ならこれまで通り大学へ通うのか? 11歳の体で? それはいいのか? 未発達な体で一人暮らしをして大学に通い、深夜まで勉強したり研究をしたりする生活は現実的じゃないような気がした。じゃあ、どうなるんだ? わかんない。
そこへ父親がどしどし音を立ててやってきた。
「おい、10年後から戻ってきたのか?」
「そうかも」
あいまいな笑みを浮かべてそう返すと、父親は鼻で笑う。親子そろって、笑顔が下手なのだ。
「顔洗って出かける準備しろ」
と父は言う。
「どこ行くの?」
「じいちゃんの家」
僕は急いでベッドから飛び出た。そうだった。なぜ気付かなかったのだろう。10年前ならば、じいちゃんがまだ生きてるかもしれないじゃないか!
僕はドキドキしながら焦るように服を着替えようと箪笥を開けた。兄貴も部屋に戻ってくる。
「車、俺が運転するから」
と兄貴が言うと父は
「そんなちっちぇえ体で運転なんかできるか」
と兄貴の頭を小突いた。その言葉に僕はハッとして服を探すのをやめ、脇に押しやっていた小さいサイズの服を選んで着た。
着替えを終えて部屋の電気を消そうと電燈のひもに手を伸ばす。すると兄貴からちょっと待ってと制止の声がかかる。
「なあ、お前、俺の携帯電話知らない?」
「10年後の世界にあると思うよ」
僕はひもを引っ張った。