私のブログ。

このブログを書いているのは誰かな? せーの、私だー!

米澤穂信『いまさら翼といわれても』の構成に関する考察

※この文章は書きかけなので後日加筆します。

 

・はじめに
この文章は、2016年11月30日に出版された米澤穂信の短編集『いまさら翼といわれても』(古典部シリーズ6冊目)に関する一考です。本作に収録されている6つの短編の隠れた関係について考えたことを述べます。

・結論
 この短編集は太宰治の『走れメロス』を下敷きに、疑念と軽蔑、そして友情を描いた6つの短編青春物語である。主人公は折木奉太郎伊原摩耶花のふたりであり、千反田えるが重要な役回りを担う。一作目の『箱の中の欠落』では、折木奉太郎が友人に対し疑念を抱く様を描く。二作目の『鏡には映らない』では伊原摩耶花折木奉太郎への軽蔑を解きほぐすまでの話が描かれている。三作目の『連峰は晴れているか』と五作目の『長い休日』では千反田える折木奉太郎の内面に興味を抱き、その真相に感じ入るお話である。また、『長い休日』は『箱の中の欠落』の補足であると同時に、表題作『いまさら翼といわれても』への布石である。第四作『わたしたちの伝説の一冊』は作品の根幹である『走れメロス』に関する一考察が書かれる。第四作『わたしたちの伝説の一冊』と第五作『長い休日』では「主人公が他人から便利に使われていたことに気づく」という共通項があり、伊原摩耶花折木奉太郎走れメロスにおけるセリヌンティウスの様に描かれている。第六作目にして表題作の『いまさら翼といわれても』は伊原摩耶花折木奉太郎が友人として千反田えるを迎えに行く話である。その構図は走れメロスに重なる。折木奉太郎は間に合ったが、伊原摩耶花は間に合わなかった。迎えにきた折木奉太郎千反田えるは「軽蔑したでしょう。役割があったのに逃げ出して」と言う。この、他人の内面を確信したかのような言葉は走れメロスに出てくる邪知暴虐の王の如しである。『伝説の一冊』において王には敵がいることが書かれていたが、千反田えるにも敵がいることが横手さんのセリフから推察される。

詳しくは以下


・作品の内容について
『いまさら翼といわれても』は作者米澤穂信がここ8年間で書いた六つの短編をまとめた本です。収録作品は以下の様になっています。

『箱の中の欠落』初出2016年8月、主人公:折木奉太郎
『鏡には映らない』初出2012年7月、主人公:伊原摩耶花
『連峰は晴れているか』初出2008年6月、主人公:折木奉太郎
『わたしたちの伝説の一冊』初出2016年9月、主人公:伊原摩耶花
『長い休日』初出2013年10月、主人公:折木奉太郎
『いまさら翼といわれても』初出2015年12月、主人公:折木奉太郎
(便宜上、物語の語り手を主人公としております)

 これらの短編には全体をまとめる明確な意図(あるいはテーマ)が隠されております。そのことは作者のウェブサイト(http://pandreamium.sblo.jp/)にも以下の様に示唆されております。

以下引用
  >機会を見つけて書いていた短篇を、短篇集として編み上げました。
  >いずれ本にするときこのような一冊になればと思い描いていたその形に、仕上げられたと思います。
引用終わり

・書かれた時期について
では、何が意図されているのか。調べるための第一歩として六つの短編を初出時期で分けます。

『連峰は晴れているか』初出2008年6月
『鏡には映らない』初出2012年7月
『長い休日』初出2013年10月

『いまさら翼といわれても』初出2015年12月
『箱の中の欠落』初出2016年8月
『わたしたちの伝説の一冊』初出2016年9月

2008年から2013年まで書かれた3作と、短編集発売直前である2015年末から2016年9月までに書かれた3作に分かれました。表題作『いまさら翼といわれても』は4番目に書かれています。書かれた時点で作者の中では短編集の構想がまとまっていただろうと推測されます。
したがって表題作以降に書かれた『箱の中の欠落』と『わたしたちの伝説の一冊』の二作品は短編を構想通りにまとめる目的で書かれたと推察され、短編集の中で重要な役割を果たしていると見て良いでしょう。『箱の中の欠落』と『わたしたちの伝説の一冊』はそれぞれ折木奉太郎伊原摩耶花を主人公に据えています。

『箱の中の欠落』では、折木奉太郎が友人から謎を持ち掛けられるのですが、「やらなくていいことはやらない」という主義の下に謎の解決に挑むのを断ろうとします。ところで「やらなくていいことはやらない」という折木奉太郎の主義は『長い休日』で詳しく書かれており、「人に便利に使われるのは嫌だ」という想いがきっかけであったと説明されています。

一方『わたしたちの伝説の一冊』では伊原摩耶花が巻き込まれた漫研におけるトラブルが描かれます。漫研内での対立の中、われ関せずもくもくと漫画を描き続ける伊原摩耶花は友人に便利に利用されそうになります。この点で『箱の中の欠落』と本作は共通項を持ちます。また、物語の冒頭で折木奉太郎が書いた「走れメロス」に関する奇抜な感想文が載せられています。この感想文から連想して、伊原摩耶花は自分の立たされている状況をメロスに喩えます。(ただしもくもくと漫画を描き続ける姿はセリヌンティウスに近いでしょう)。

 

『わたしたちの伝説の一冊』で出てきた『走れメロス』という喩えは他の短編においても適用できます。

続きは後日加筆します。

 

また小説書いた(小説というにはおこがましいほどすごく短い)

 ご飯食べに行こうと誘われて友人の家に行くと、彼のほかに女の子が一人いた。彼女とは面識はあったが一対一でしゃべったことはなかった。
 呼びつけておきながら「俺急用ができたから先に二人で行ってて」と友人は言った。
 友人の家から二手に分かれて向かった。そして定食屋の前で女の子と合流する。中に入らず店の前で友人が来るのを待った。その間終始無言で、肩幅4人分くらい距離を開けて立っていた。何も話すことも思いつかなかった。スマートフォンを見たり、道路を行き交う車を眺めたりしていた。そのまま30分店の前に立っていたが友人はいっこうに来ない。しびれを切らして私が恐る恐る「来ないね」と女の子に話しかけると、女の子はうつむいてた顔を上げておっかなびっくり苦笑いを返してきた。
 友人に電話をかけると「ごめん。やっぱり行けなくなったから二人で飯食べて」とのことだった。友人の言葉を女の子に伝え、どうするか聞くと「私、お腹すいてない」と言うので、私はほっとして「じゃあ帰るか」と言った。
 帰り道、一人で友人の家に行くと、友人が「あれ、食べてこなかったの」と呑気に言うから肩を揺さぶった。でも場の雰囲気はそれどころではないのだすぐに感じ取った。友人宅には数人の男たちが集まって深刻そうな顔で何かをしていた。何をやっているのかと聞くと「君には関係ないことだ」と言われたが、後から別の男が「緊急の世界平和維持活動だよ。ここは世界平和を守るための秘密基地なんだ」と教えてくれた。
 そのあと部屋の隅で菓子パンを食べながら世界の平和が守られていく様子を見届けて、家に帰って寝た。
 
終わり。

劇場アニメ『聲の形』視聴しての思ったこと箇条書き

・波紋。

・花火。コーヒー。花火の振動なら聴こえなくても伝わるが、意味は乗っかってない。ディスコミュニケーションの象徴か。

・モブが身振り手振りで「おい、見ろよ。飛行船だぞ」と伝えているのに気付かない石田くん。

・ラストに英語タイトルがどーん。はたまこラブストーリーでもやってたね。

・展開の濃密さがBGMでうまいこと調子をとっていなされていた。

・水に落ちるのは生まれ変わりの象徴ってたまこラブストーリーの時にも言われてたね。

・波紋は水と音の合わさりを意味しているか

・バツが京アニっぽいデザイン

・傘で顔が見えない、光で顔が見えない、姉の顔が見えない。

・最後の文化祭で色とりどりの紙が舞ってるファンファーレっぽい雰囲気はたまこまーけっとからの伝統芸

・自分を嫌っている人間に、傘を差してやる。2回出てきた表現。映画のテーマの根底に通じている。

・親同士の関係の描き方にフェチを感じる。

・「怖いかどうかは、乗ってから決めることにしたの」って留学に臨む史織さんっぽさある。

・ポニーテールによってさらけ出された耳。守りを捨て、防御に出た感じ。

 

とりあえず一回目の視聴で気づいたのはこんなもん。

赤紫蘇はそうめんの薬味に合わない

 紫蘇ジュースをブドウジュースと勘違いして飲んでしまった経験をお持ちの人間は信用できる。だから紫蘇ジュースをブドウジュースと勘違いして飲んだことある人間は私を騙さないでくれ。悲しみの連鎖をここで断ち切るんだ。決して紫蘇ジュースが不味いと言っている訳ではない。むしろ美味しい部類だと私は知っている。ペプシSISOもすごくおいしかった。あれ再販してもらえないものだろうか。君は君ゆえに君であるが、紫蘇は紫蘇ゆえに紫蘇である。紫蘇で染めた服とブドウの皮で染めた服の違いが君にはわかるだろうか。私にはわからない。なぜ梅干しには赤紫蘇なのだろう。わからない。

 世の中がわからないことだらけだというなら、こちらにも考えがある。満月の夜に傘を差すオオカミ男は変身せずに済むだろうか。満月と十六夜で月の形の見分けがつきにくいのだが、オオカミ男は正確に満月の夜だけ変身できるだろうか。

 その恋は自己愛の勘違いなのではないか。改修するうちにすべてのパーツをとっかえてしまったテセウスの船って言うけれど、竜骨の部分はとっかえようがないのではないか。ゲームの続編に対する期待は第一作からの経験則であるが、第一作と最新作は確かに別物である。これこそテセウスの船案件である。

 違いが分かる男になる必要はないのではないか。缶コーヒーを飲んでるなら喫茶店でココアを飲め。コンビニでMAXコーヒーを買え。夢と現実の違いはなんなのか。本当にこんなはずではない人生を送っているのか?

りんご、香草のマーシャルアーツ、筆(2016年8月13日追記)

前回までのあらすじ。世界にはシャルロットという名前の魔法使いが13人くらいいる。その中の一人であるシャルロットは裕福な家庭に生まれ、善人の両親のもとで愛されて育った。順調に成長し、大学生になったシャルロットは初めての独り暮らしにタガが外れて、自堕落昼夜逆転GPA低調大学生となった。

 早朝の街は霧が立ち込めて、視界は限られている。伸ばした腕の先の指先が見えない。左手に下げた買い物袋がずっしり重く感じられた。

 24時間営業のスーパーは朝4時ころが一番物静かで利用がしやすい。とはいえ必要なものは既に日中購入済みなので、今日はりんごをいくつか買って帰ってきた。

「さて、今日は絵を描きますか」

 アパートは二部屋続きになっていて、片方の部屋にはこたつが置いてあり、昨晩を酒を飲んで騒いでいた友人たちがいまだ酔いつぶれて眠っている。もう一つの部屋には床に、壁に、新聞紙が敷き詰められていて、絵の具や墨汁が飛び散っても構わないようにしてある。真ん中に小さくて背の高い丸テーブルが置いてあって、絵を描くときは画材置きとなり、そうでないときは酒を飲むためのスペースになる(酒は立って飲むと美味い)。

 壁に新聞紙の上から画用紙をテープで貼る。テーブルに、被写体を置く。

 りんごである。

(中略)

「今日描くのは泣いているりんごだよ」

 と永青は言った。絵描きの言うことはよくわからなんだと結城は首をかしげた。こたつに顔を突っ伏して眠るシャルロットの寝息が聞こえた。

「たとえば花には鼻がないけれど、匂いを出すだろ? 匂いを出しておびき寄せた虫が花粉を運んで受精してさ、つまり匂いを意識的に利用しているんだ。更につまるところ匂いという概念は知っているはずだ」

「りんごには涙腺がないけれど、りんごで泣く人がいて、それをりんごが自覚的に利用したなら、もうりんごが泣いたも同じことと言える」

「ちょっとよくわからないですね。いま論理に飛躍がありませんか」

「絵は論理じゃない。ハートで描くんだ。あなたもハートで理解するんだ。あなた、酒が足りてねえんじゃないだろうか。寝込んじまって酔いが冷めちまったんだ。素面だから論理立てて考えちまうんだよ。そう、ハートと言えばハツって美味いよな。こないだ焼き鳥屋で食べたんだけどさ、とんでもないんだ、これが」

(中略)

 たとえば人間が目を失い、耳を失い、舌の味蕾を失い、鼻を失い、全身の皮膚を失ったら(皮膚を失ったら死にますが)、つまり五感を失ったら何も感じなくなってしまうだろうか。いや、そうではない。頭の中で自分自身を感じることができる。

 自分自身を感じることこそが、人類の第六感であり、全ての根本である。

「それでは焼いていきます」

 カンカンに焼けたフライパンにステーキ肉が投げ込まれる。

「そうだ。ダジャレを思いついたぞ。舌は味蕾、明日は未来」

「それ、ダジャレとはちょっと違うんじゃないですかね」

 永青は気にした風でもなく無視して、冷蔵庫からシードルを取り出すと蓋をあけ、口をつけてグイッと飲む。

「前々からさあ、肉を焼くときに赤ワインをジャーってフライパンに投入するのがあこがれだったんだ。でも赤ワインがないので代わりにシードルを入れます」

 どくどくと注がれたシードルがフライパンの上で蒸発していく。白い煙がもくもくと舞った。

「換気扇回した方が」

「おおっと。その通りだ。ナイスアイディア。だれか結城くんに100点をあげてくれ給え」

(中略)

 たとえば盲目の数学者は、現実の3次元空間を見ない分、頭の中で4次元以上の空間を自由にイメージできる。魔法使いも同様で、生まれつき第六感を盲いているから自由に魔法が使えるんだという。

 明日また会おう。今度は赤ワインを持ってくる。

 そう言ってシャルロットはどこかへ帰っていった。

また小説書いた

 おじさんはいつも独りだった。歳は50に近いのに妻子はおらず、両親(私にとっての祖父母)と同居しているのにいつも自室に引きこもって会話をしようとしない。だから私がおじさんに受験勉強を見てもらうことになった時、感謝すべきは私ではなくおじさんの方ではないかと思った。私がおじさんにとって唯一の話し相手になるからだ。

 おじさんの教え方は正直言って下手だった。良い大学を出ていても教えるのが上手とは限らないんだねと言うと、おじさんは苦笑いした。けれどおじさんが勉強の合間にしてくれる他愛のないお話が心地よい。自然とおじさんの下で勉強をする時間が増えて、結果的に私の学業成績は上がっていた。

 大学にも無事に合格できた。

 私の合格が決まった後、おじさんは病院に入院した。生まれつき病弱なおじさんが入院をするのはいつものことであったから、最初は気に留めていなかった。父からは「教えてもらったお礼に、おじさんのところへ毎日お見舞いに行きなさい」と言われたけれど、一日二日行ったきり足が遠のいてしまった。勉強から解放されて浮かれていた私は遊びに夢中でそれどころじゃなかったのだ。そもそもお礼と言ってもおじさんの教えは役立たずで、良い大学に合格できたのは自助努力によるものだ。むしろ独りぼっちのおじさんの話し相手になってあげたこちらがお礼を言われたい。まあ、私もまったく恩義を感じていないわけではない。このまま順調に大学に進んで卒業して良い仕事につけたら、その時に稼いだお金で美味いものでも食わせてやるくらいはしても良い。そんなことを考えていた。

 後日「お前、おじさんのところ行ってないだろう」と父に叱られる。「おじさん、もう長くないんだぞ」

 翌日からまたおじさんの下へ通う日々が始まった。今度は足が遠のくことはなかった。こんなかたちでお礼をすることになるのは不本意であったけれど。

 病室のベッドに横たわるおじさんは枕もとに本を並べてぱらぱらとめくっているのが常であった。どれも一度読んだことがある本だそうで、もう今から新しい本を読み始めることはできないと言っていた。私は毎日おじさんの姿をじっと見て、日に日に痩せていく頬に死の近づきを感じ取った。人間が潰えていく様がこれだと、分かっていないのに分かっているかのようなふりを心の中でした。

 三月の晴れたある日。その日は高校の登校日で学校に行かなければいけなかったが、父に休むようにと言われた。母の運転する車で朝早くから病院に向かった。病室には、昨晩から泊まり込みでいる祖父母とベッドの上でうめくおじさんがいた。看護師さんが「ご家族がいらっしゃいましたよ」とおじさんに言った(私たちのことをおじさんの家族と言うのは何か違う気がしたけれど、きっと他にないのだ)が、おじさんは私たちに目もくれず、「いたい、いやだ、いたい」とうめき続けるだけだった。痛いのなら、何か、痛み止めの薬のようなものを処置するべきじゃないのかと思ったけれど、もうそういう薬を使ったらそのまま眠ってしまって、二度と目覚めないのだと看護師さんが言った。おじさんも薬を使うのは嫌がっていたそうだ。だからこのまま、もう見ているしかない。

 二時間くらい、おじさんがうめいているのを見ていると、おじさんのうわ言が「いたい、いやだ」から「ごめんなさい」に変わった。「ごめんなさい、父さん、母さん、俺こんなんで」が最初のごめんなさいで、祖父母は涙ながらにおじさんに声をかけたけれど、おじさんは無視してさらにごめんなさいを重ねた。「五十嵐くん、あのとき味方をしてやれなくてごめん、俺いくじなかったんだ。西方くん、こっちが誘ったのに寝過ごして約束破ってごめん。藤くん、失言したのはこっちなのに謝らないで疎遠になってごめんなさい。北山くん、無職なのに会社勤めの俺が何度も遊びに誘って、気まずい思いをさせてしまいごめんなさい。有田くん、俺が勧めた本をつまらないと言った程度で罵倒してごめんなさい。山縣さん、俺が食事に誘ったのに話が盛り上がらなくてつまらない思いさせてごめん。佐潟くんは何度も俺を遊びに誘ってくれたのにこちらから一度も誘ったことなくて、結局疎遠になって、ごめん……」こういう調子で、ごめんなさいと知らない名前とごめんなさいが続いた。「走馬灯を見ているんだな」と祖父が言った。

 ごめんなさいが尽きるとおじさんは、「こんな人生に意味がなかった。ようやく終わる」と言って黙った。もう口を開くことはなかった。何もないところをぼうっと見つめたまま、更に二時間経ったあとにようやく息を引き取った。

 大学の入学式のために買ったスーツは、先に葬式の場で着ることになった。受付の手伝いに立って、弔問に来た人の対応をしていると、記帳してもらった名前に、おじさんがごめんなさいと一緒に呟いた名前をたくさん見かけた。その他にもたくさんの私の知らない人間がおじさんの葬式には訪れていた。独りぼっちだと思っていたおじさんは、私の知らないところでたくさんの知人をつくっていた。

 口に出しては言えないけれど、いまさら何しに来たんだと思う。私は憤っていた。こんなにいっぱいの人がおじさんの交友関係にいたのに、なんで今までおじさんを独りにしていたんだ。なんで誰かとりかえしのつかなくなる前に、おじさんともっと関わりをもって、おじさんの人生に意味を与えなかったんだ。いや本当はおじさんの方が彼ら彼女らに働きかけて自らの人生を彩るべきだったんだ。最後に意味がなかったなんて言うくらいなら、こんなにいる友人たちの一人にでも声をかけて有意義に過ごせるよう努めるべきだったのではないか。いや、そうじゃない。そうじゃない。私が憤っているのはそこではない。心の中でくらい正直に言おう。私が憤っているのは、おじさんが死ぬ間際に私の名前を言わなかったからだ。たくさんの名前がおじさんの口から出てきたのに、私だけ呼ばれなくて拗ねているんだ。おじさんは独りぼっちだと思っていたけれど、そうじゃなかった。私の知らないところでおじさんはたくさんの人と思い出を作っていて、おじさんは否定したけれどやっぱりおじさんの人生には意味があって、私と過ごした時間はおじさんの人生の中では些末事に過ぎなかった。ましておじさんの生きてた意味に寄与したことなど一つもなかった。

 結局私は何のお礼もできていなかったんだ。

 

2014年を振り返ればひつじ年が後ろで待っている。 ※2015年1月4日追記

 2014年の私はUSBメモリのキャップを失くすこと2回目。次はスライド式のキャップがないUSBメモリを買おうと思うのだが、USBメモリってあんまり買い換えないからタイミングがつかめない。なのにその間もUSBメモリの進化は止まらない。ギガバイトでも使い余してるのにテラバイトのUSBメモリなんてつくってどうするつもりなんだ。

 そのうちに未来人が数千年後からやってきて「これ、アカシックレコード(世界が生まれてから滅ぶまでのすべての情報が記録されている)なんすよ」と手のひらサイズのUSBメモリを差しだしてくる。パソコンに差し込むと「新しいデバイスを検出しました」と無表情に告げられるのだが、そのデバイスはPCより容量がでかいんだ。とても内部の情報を漁ってられない。

 未来人によればアカシックレコードの高速クローリング・サービスはDLC(有料ダウンロードコンテンツ)だそうだ。

「ここまで大容量化するのに先人は多大な苦労をしたんだよ」と未来人は翻訳機ごしに流ちょうな日本語で言う。「君らの時代ではまだHigh-k素材だとかスピントロニクスを研究してわいわいしてるんだろうけれど、それらに頼った技術革新は100年もしないうちに頭打ちだ。私らの未来の時代を楽しみにしておくと良い。もっと研究のし甲斐がある楽しい最先端技術が君を待っているよ」

「でも……世界のすべてが保存されたデバイスができてるのに、これ以上何を研究するんですか」僕は当然の疑問をぶつける。

「研究することは、人類が続く限り尽きることはないんだよ。すべてがUSBメモリに記録されたとしても、誰かが成し遂げなければ机上の空論に過ぎない。だから未来の知的階級は研究を続けるのさ。私も私のするべきことをやっている」未来人は神経質そうにその長い髪の毛をいじっている。

「例を挙げよう。そうだね。私の研究なんだけど『野生化した羊コミュニティと家畜化された羊コミュニティが信仰する宗教の差異についての実験的研究』というのを修士論文に書いたよ」

「いったい何の役に立つのか分からない研究内容だな」

「いやね、羊の宗教というのはとても大切なテーマなのよ。羊はここ数百年で高等知能を得た生物の中でも代表的な存在じゃないですか。彼らの羊毛を衣服に、肉体を食料に利用している私たち人類としては羊と戦争したくないですよね。そのためには彼らの思想や信仰を正確に把握してやる必要がある訳です。しかし野生と家畜で羊のコミュニティは断絶しているし構築している文化もところどころ違う。その違いをまとめ上げたのが私の修士論文であるところの――」

 もういい。分かった、分かったから。ちょっと場所を移動しよう。そんな訳の分からない話はどこか居酒屋で、酒を飲みながら語ってくれ。

 

 未来人が持ち込んだ未来のラム肉を肴に酒を飲んでいればいつの間にか2015年がやってきている。

 除夜の鐘が鳴りだすと、酔いつぶれていた未来人は急に冷めた顔をする。「ああ、いけない。帰らなくては」

「帰るって、家に」

「そう、未来にさ」

 未来人はUSBメモリを取り出すと、そのキャップを外して宙に掲げた。USBメモリの差し込み口から光の泡が湧きだして渦巻くように広がり、居酒屋の風景を塗りつぶしていった。

「いったい何が起こってるんだ」驚き立ちすくむ僕。

「世界が新しいデバイスを検出したのさ」

 未来人は言う。「アカシックレコードに記録された時間船を世界に呼び出して、それにのって私は未来に帰る」

「ははあん。分かったぞ。世界がパソコンの代わりをしているってことか! 世界というパソコンにアカシックレコードというUSBメモリを差しこんで、記録されている時間船とやらをパソコンに移動させたってことか!」

 僕はほとんど理解できていなかったのに、無理に理解したような顔をつくって言った。急な別れが不思議と僕を焦らしていた。

「またね。次は未来で会おう」未来人は別れの言葉を告げる。

「おいおい。僕は君の時代には死んでるぜ」

「会えるよ。アカシックレコードに書いてあったもの。何度目の生まれ変わりかは知らないけど」

 未来人を包んでいた光の渦がはじけた。すると未来人の姿は消えていて、何事もなかったかのように居酒屋の風景が戻っていて、さっきまでのはすべて夢だったのではないかと思えてきて……。

 けれど未来人の立っていたところに赤い何かが落ちていた。未来人がアカシックレコードと呼んでいたUSBメモリのキャップだ。震える手でカバンから自分のUSBメモリをとりだし、合わせてみると、それらはぴったりはまった。

 僕はなんだかおかしくなって溜め息が出た。

「あいつめ。居酒屋の代金払わず帰りやがって」

 居酒屋の閉店後、雪の降る道を僕は一人歩いて帰っていった。