読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

私のブログ。

このブログを書いているのは誰かな? せーの、私だー!

りんご、香草のマーシャルアーツ、筆(2016年8月13日追記)

前回までのあらすじ。世界にはシャルロットという名前の魔法使いが13人くらいいる。その中の一人であるシャルロットは裕福な家庭に生まれ、善人の両親のもとで愛されて育った。順調に成長し、大学生になったシャルロットは初めての独り暮らしにタガが外れて、自堕落昼夜逆転GPA低調大学生となった。

 早朝の街は霧が立ち込めて、視界は限られている。伸ばした腕の先の指先が見えない。左手に下げた買い物袋がずっしり重く感じられた。

 24時間営業のスーパーは朝4時ころが一番物静かで利用がしやすい。とはいえ必要なものは既に日中購入済みなので、今日はりんごをいくつか買って帰ってきた。

「さて、今日は絵を描きますか」

 アパートは二部屋続きになっていて、片方の部屋にはこたつが置いてあり、昨晩を酒を飲んで騒いでいた友人たちがいまだ酔いつぶれて眠っている。もう一つの部屋には床に、壁に、新聞紙が敷き詰められていて、絵の具や墨汁が飛び散っても構わないようにしてある。真ん中に小さくて背の高い丸テーブルが置いてあって、絵を描くときは画材置きとなり、そうでないときは酒を飲むためのスペースになる(酒は立って飲むと美味い)。

 壁に新聞紙の上から画用紙をテープで貼る。テーブルに、被写体を置く。

 りんごである。

(中略)

「今日描くのは泣いているりんごだよ」

 と永青は言った。絵描きの言うことはよくわからなんだと結城は首をかしげた。こたつに顔を突っ伏して眠るシャルロットの寝息が聞こえた。

「たとえば花には鼻がないけれど、匂いを出すだろ? 匂いを出しておびき寄せた虫が花粉を運んで受精してさ、つまり匂いを意識的に利用しているんだ。更につまるところ匂いという概念は知っているはずだ」

「りんごには涙腺がないけれど、りんごで泣く人がいて、それをりんごが自覚的に利用したなら、もうりんごが泣いたも同じことと言える」

「ちょっとよくわからないですね。いま論理に飛躍がありませんか」

「絵は論理じゃない。ハートで描くんだ。あなたもハートで理解するんだ。あなた、酒が足りてねえんじゃないだろうか。寝込んじまって酔いが冷めちまったんだ。素面だから論理立てて考えちまうんだよ。そう、ハートと言えばハツって美味いよな。こないだ焼き鳥屋で食べたんだけどさ、とんでもないんだ、これが」

(中略)

 たとえば人間が目を失い、耳を失い、舌の味蕾を失い、鼻を失い、全身の皮膚を失ったら(皮膚を失ったら死にますが)、つまり五感を失ったら何も感じなくなってしまうだろうか。いや、そうではない。頭の中で自分自身を感じることができる。

 自分自身を感じることこそが、人類の第六感であり、全ての根本である。

「それでは焼いていきます」

 カンカンに焼けたフライパンにステーキ肉が投げ込まれる。

「そうだ。ダジャレを思いついたぞ。舌は味蕾、明日は未来」

「それ、ダジャレとはちょっと違うんじゃないですかね」

 永青は気にした風でもなく無視して、冷蔵庫からシードルを取り出すと蓋をあけ、口をつけてグイッと飲む。

「前々からさあ、肉を焼くときに赤ワインをジャーってフライパンに投入するのがあこがれだったんだ。でも赤ワインがないので代わりにシードルを入れます」

 どくどくと注がれたシードルがフライパンの上で蒸発していく。白い煙がもくもくと舞った。

「換気扇回した方が」

「おおっと。その通りだ。ナイスアイディア。だれか結城くんに100点をあげてくれ給え」

(中略)

 たとえば盲目の数学者は、現実の3次元空間を見ない分、頭の中で4次元以上の空間を自由にイメージできる。魔法使いも同様で、生まれつき第六感を盲いているから自由に魔法が使えるんだという。

 明日また会おう。今度は赤ワインを持ってくる。

 そう言ってシャルロットはどこかへ帰っていった。