読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

私のブログ。

このブログを書いているのは誰かな? せーの、私だー!

人名と年号を極力排した日本史

 日本史って覚えなきゃいけない人名と年号ばっかりで全然わからん!

 でも逆に言えば人名と年号を無くせば日本史なんて楽勝で理解できるなのでは!?

 

 と思ったので高校のうろおぼえの知識を思い出してそういう日本史を書いてみた。

 

 2000年ぐらい昔、日本の住民はやっと稲作を覚え、集団で協力し合いながら生活していた。そうしている内に強力なカリスマを持ったリーダーが台頭する。彼こそ後に天皇と呼ばれる男である。

 天皇は自らを神の子孫だと名乗った。周囲の平民たちは、これを信じて、天皇に服従した。天皇に従わない生意気な奴らには、腕っ節の強い部下を派遣してやっつけて、従わせた。この腕っ節の強い部下が征夷大将軍である。

 天皇は子供に後を継がせながら、代々にわたって日本を支配した。お隣の国の中国に習って国の体制を整えていった。

 11世紀になると日本という国の体制はだいぶ形になってきたので、天皇とその親戚たちは貴族として風雅な生活を送っていた。しかしその裏で武士が力をつけてきたのである。

 武士は天皇に代わって日本を支配しようともくろんだ。しかし神である天皇を殺してトップになり代わるのでは民衆のウケが悪い。だったら「天皇に任じられて国の政治を任された」という形にすれば良いじゃんって考えた。これなら神のお墨付きで政治ができる。有力な武士は娘を天皇と結婚させたりして天皇に取り入り、権力を手にした。

 ここから武士の時代である。日本各地の武士がトップに立とうと争いを始め、戦国時代が始まった。

 いくつもの武士が権力を手にしては衰退していった……。そして1600年ごろ、最後に徳川家康が権力を手にした。徳川は頭が良かったので300年にわたって日本を支配することができた。仲の悪い武士を遠くの地に飛ばして、定期的に江戸への出張勤務(参勤交代)を負わせた。出張の長旅で金を浪費してしまうため、敵方の武士は反乱を起こせなかったのだ。

 300年続いた徳川の支配を終わらせたのが、黒船来航、アメリカ人ペリーの到来である。その頃世界では、他国を征服して植民地にするのが流行っていた。アメリカにとって日本は、アフリカの植民地へ行くのに中継地点として最適だったのである。

 300年の平和ボケでアメリカにビビった日本は、色んな国に不平等な条約を結ばれてしまう。外国はずるがしこかったのだ。 これに怒ったのが遠い九州の地に飛ばされていたかつての徳川の敵たち。血気盛んな彼らは徳川や外国に喧嘩を売り、尊王攘夷を起こした。つまり、「徳川じゃ駄目だ。天皇をリーダーに据えて外国に対抗しようぜ」ということだ。

 平和ボケした徳川を倒すのはたやすい。天皇とともに権力を手にした攘夷派は明治政府をつくった。明治政府は果敢に外国へ攻めていき、アジアに植民地をつくったりした。あんまり関係ないのに第一次世界大戦にも参加して勝利したりした。

 こうやって国際社会の仲間入りを果たした日本だが、周囲の国からしたら面白くない。アメリカはハルノートっていう「おいちょっと日本最近調子乗りすぎなんじゃねえの。持ってる植民地の権利全部放棄しろよ」と内容の難癖をつけてきた。日本からしたらせっかくの植民地手放すの嫌だったので、これを断り、ドイツとイタリアと手を組んで戦争を起こした。これが第二次世界大戦だ。

 日本は原爆を落とされ第二次世界大戦に負けた。アメリカに占領された、日本国内は焼け野原になっちまった。

 しかし日本は諦めなかった。焼け野原しか残らなかったが、復興に向けてもう一度立ちあがることを決意する!

 続きは教科書で!(書いてる途中で飽きました)

 

……うん。結構覚えやすいぞ。

でもこれ、勉強には全然役に立たなさそう!