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私のブログ。

このブログを書いているのは誰かな? せーの、私だー!

しゃるろっとプロトタイプふたつめ

小説 プロトタイプ

「もう、まじめに考えてください。あなたの子のことでもあるんですよ!」

 

 

 その日のサークルの飲み会は居酒屋の飲み放題2時間コースで行われた。筑波大学の周辺には騒ぎたい学生を受け入れてくれる居酒屋がたくさんあって、僕らもその中の一店に受け入れてもらっている。

夏休みも終わろうという時期、楽しかった日々に有終の美を飾ろうと、集ったのだった。酒が入るとみな声量が増し、笑顔になって、やんちゃな行動をとるようになっていた。その盛り上がりが最高潮に達したのは開始から1時間半が経ったときだ。1時間半というのは一回の授業よりも長い時間なのに、授業よりも何倍も速く過ぎ去ってしまったように思えた。店員がラストオーダーを聞いて回ってくる。周囲を見渡せば、ちょっと飲み過ぎている奴らが多いように見える。ふらふらしてて危なっかしい。水をピッチャーで頼んでおいた。少しはアルコールを薄めないと明日は二日酔いで全滅だろう。ついでに自分用のハイボールを頼む。

「先輩、高校のころ、地歴苦手でしたでしょう?」

 突然声をかけられて振り向くと、隣に総一が座った。彼はサークルの一つ下の後輩だった。べろんべろんに酔っぱらっている。物静かだが説得力のある物言いをする青年だったと思う。実は彼と二人きりで話したことは一度もなかった。彼が我らが文芸サークルに入ってずいぶん経ったのに、一度もだ。だから彼が話しかけてきたときは驚いた。それに彼の言葉は的を射ていた。アルコールが回り切っているくせに。

「確かに俺は日本史も世界史も苦手だったし、いまだに47都道府県全部を言うことができない」

 彼はけらけらと笑う。少し癇に障る話し方だった。

「よくそんなんで大学は入れましたね。理系でも社会科目は受験にいるでしょう」

「現社の成績は良かったからな。そしたら一科目で十分だ」

 そういうと、総一は得心たよう「なるほど、らしそうだ」とうなづく。そしてよっぱらい特有のろれつの回らないうだうだした口調で口を開く。

「先輩。地歴は先輩のような人間には向かないのですよ。地理学はその土地の特性を、歴史はその地域や人の背景を学ぶ学問です。だから先輩のような人には向かない。他者の背景や性質にぜんぜん興味を持たない先輩には」

 酔っぱらいってすごいなあと思った。初めてまともに話す目上の人にここまで喧嘩を押し売りできるとは。それほど彼が酔っている証拠なのかもしれない。しかし後輩に悪印象を抱かれていたとは少しショックではある。心当たりはなかったが、今度から振る舞いに気をつけてみようかと思う。

ちょうど店員さんがハイボールとピッチャーを持ってきたので、グラスに水をついで総一に渡す。しかし総一は僕の頼んだハイボールのグラスを持つとぐびっと一気飲みした。

気が変わった。彼と友好的に接するのはやめようと思った。これからはなるべく関わらないようにしていこう。彼はいないものとして考えよう。

 総一は空けたグラスを机にドンと置き、大声で言った。

「先輩、俺は負けませんよ!」

 何が?と聞く余裕はなかった。そのまま彼は胃の内容物を吐き出した。ギリギリで吐瀉物は僕にはかからなかったが、総一はゲロまみれだった。

 最後に先輩らしいことをしてやるかと思って店員さんに謝りながら吐瀉物の処理をする。総一は隅っこで寝ていた。処理が終わるころには飲み会も終わりを迎えていた。

 会計を済ませて外に出る。酔っぱらいたちは二次会に行く人たちと家に帰る人たちに分かれる。家に帰る人たちにはもれなく潰れた総一を家まで送る役割が課せられることになるので、関わりあいになりたくなかった僕はこっそりと帰ることにした。みんな酔ってるから気づかれないだろう。みんなに背を向けて立ち去ろうとした。

そこに肩が叩かれる。

嫌な予感がしたが。だから肩の手を振りほどいて走って逃げた。「あ、待って」と呼びかけられるが待てと言われて待つ奴はいないのである。居酒屋から200メートルくらいのところでもういいかと立ち止まった。するとまた肩に手が載せられる。しかも、今度は両肩を両手でつかまれる。びくっとしてまた手を振り払い、でも今度は振り返る。そこには女の子がいた。茶色がかった髪の毛を三つ編みにしている彼女は、サークルの後輩のシャルロットだった。

「先輩、家まで送ってってください」

 彼女は笑顔で言う。僕は嫌そうな顔を隠せなかったと思う。

「ほかの先輩に頼め」

「みんな二次会に行くか総一さんを送っていくかで、先輩しかいないんですよ」

 歯ぎしりした。今日は総一に迷惑をかけられっぱなしだ。

「俺、歩きだから」

 筑波大学を囲むこの広い街で学生の移動は自転車が基本だ。歩きで帰るのはさぞ面倒だろう。

「私も歩きっすよ。飲酒運転、だめ、ゼッタイ、っすから」

「さいで」

 もう送っていくという選択肢しか残っていないようだ。この街は夜に学生が一人で出歩いて暴漢に襲われるが幾度も起きている。後輩を家まで送り届けるのは上級生の義務とされていた。道中なるべく深い話をしないでいこうと決めた。

 シャルロットは今年の春からサークルに入ってきた留学生だった。留学生がサークルに入ってくるのは珍しく、みんなが興味本位に質問責めするので彼女はすぐ馴染んだ。でも僕が彼女と話すのは今夜が初めてだった。彼女がなんのためにこんな文芸サークルに入ってきたのか、僕は知らない。何のために留学してきたかも、特に興味なかった。

 ただ総一が彼女に恋してるのは何となくわかった。夜遅くになったときはいつも総一がシャルロットを家まで送り届けたし、サークル会員の何人かに恋の相談までしているようだった。噂では彼の恋を応援する秘密の会合まで結成されているらしい。

 だからこの状況は少しまずい。総一と関わりたくないと決心した数十分後にこの状況だ。僕がシャルロットを家まで送って行ったと知れば、きっとまた何か噛みついてくるだろう。恋する男は見境のない野犬のようだった。うへえと思う。

「家はどこなの」

「平砂学生宿舎っす。貧乏留学生なのでアパートには住めません」

 シャルロットは別に聞いてない情報まで付け加えて笑った。僕は無視して平砂までの道を歩き始めた。シャルロットは仔猫のようにあとをついてくる。大学内を歩いた方がより安全だろうと思い、大学会館前のあたりから筑波大学を貫くペデストリアンデッキに入る。

 そういえばシャルロットはどうして日本語をしゃべれるのか疑問に思ったけど、大したことじゃなかったし、外国人然とした顔のシャルロットが発する妙に慣れた日本語がおかしかったから、しゃべれるなら別にそれでいいかと思って聞かなかった。

 道中シャルロットは不思議とたくさん話しかけてきた。

「先輩、肩を叩いたら突然走りだすからびくりしたっす」

「ああ。逃げ足には自信があるからな」と適当に返事をする。

「その割には千鳥足で簡単に追いつけましたよ?」

「そうか……」

 どうやら僕もなかなか酒に酔っていたらしい。もしあのハイボールを飲んでいたのが僕だったら、今頃嘔吐して潰れていたのは僕だったかもしれない。

 会話が途切れる。

 シャルロットがこちらをじいっと観察するように見てきて居心地が悪い。

「今日の飲み会楽しかったっすよね」

「ああ」

 おざなりに返事をする。一拍置いてまたシャルロットが口を開く。

「わたし、あまり酒は飲まないんすけど、それでもみなさん愉快にしていて、おもしろかったっす」

「そうか。良かったな」

「先輩は」

「楽しかったよ」

「お酒、いろんなのを飲んでましたよね。何のお酒がお好きですか」

「特にこだわりはないかな」

 なんとも気まずい会話だった。まあ僕のせいではあった。懸命に話しかけても、僕がまじめに返事する気がないから、ぜんぜん盛り上がらない。シャルロットは何か聞きあぐねているようだった。たぶんシャルロットはとても居心地の悪い空気を感じていたと思う。しかし僕はへっちゃらだ。家まで送っていく役目を引き受けた以上、もし弱者を狙う暴漢でも現れれば全力で彼女を守ろう。でも場の空気まで守るのは仕事の範疇にない。

 しばらく歩くと、シャルロットが立ち止まる。

「先輩は、手ごわいっすね」

 僕も立ち止まってシャルロットの方を向く。窓がガラリと開いて空気が入れ替わったような感じがした。

「手ごわい、とは」

「わたし、」

 

「ラムネあげますから」

「ラムネ?」

 思わず反応してしまった。

「そうです。ラムネっす。ささ、先輩、おひとついかがっすか」

 子供のころ見慣れた菓子だ。

 

「魔女かよ……」

 そういうとシャルロット驚いた顔をした。

「よくわかりましたね。その通り、実は私、魔法使いっす」

 酔っ払いは戯言を言ってひひひと笑う。僕はめまいがした。

 

 

 僕はシャルロットの手を取った。手をつないだ。